2011年5月31日火曜日

文部科学省「定住外国人の子どもの教育等に関する政策懇談会」

「定住外国人の子どもの教育等に関する政策懇談会」の意見を踏まえた文部科学省の政策のポイント―現在の進捗状況について(平成23年5月10日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kokusai/008/toushin/1306627.htm

3.「入りやすい公立学校」を実現するための3つの施策
[ポイント]公立学校に定住外国人児童生徒が存在することを前提に、「入りやすい公立学校」を実現するために、主に3つの施策を充実する。
-第一に日本語指導の体制の整備
-第二に定住外国人児童生徒が、日本の学校生活に適応できるよう支援体制を整備
-第三に公立小中学校へ入学・編入学する定住外国人児童生徒の受入れ体制について、制度面の検討を含め、環境整備を行うとともに、上級学校への進学や就職に向けた支援を充実

4.学校外における学習支援
[ポイント]子どもだけでなく、大人に対する日本語学習についても充実を図る。

5.外国人学校における教育体制の整備
[ポイント]ブラジル人学校等が充実した教育内容を提供できるようにする。

6.留学生に対する日本語教育や就職支援
[ポイント]留学生に対する日本語教育や就職支援の抜本的な充実を図る。

7.更に検討を要する課題
[ポイント]以下の課題には、関係府省庁、自治体等の関係機関が連携して総合的に取り組むべく、今後、検討を行う必要がある。

・外国人の受入れに関する基本方針の策定(日本語教育、子どもの教育、雇用、職業訓練、社会保障、住宅等)。
・外国人の子どもの教育課題に対処するための関係機関との連携の在り方。
(行政とNPO法人との情報・課題共有、国・地方自治体・企業等による基金の創設等)
・外国人に対する行政サービスの在り方(ワンストップサービスでの対応、地方自治体間の行政サービスの格差の是正、地方自治体における外国人の生活全般に関わるソーシャルワーカーの育成の支援等)。
・日本語教育の総合的推進
・外国人学校の法的な位置付け及び日本語教育への支援。

2011年5月24日火曜日

教科書の読みかた

小学生や中学生のころ、教科書は勝手に読み進めてはいけないというふうに感じていた。それは、しばしばその先に「答え」が載っていたからではないかと思う。最初から順繰りに新しいページをわくわくしながらめくるのは、それはそれで楽しかった。しかし同時に、本は最初から順を追って読むものだ(し、そうしなければならない)という考え方や習慣を身につけてしまったようにも思う。拾い読みや探し読みが苦手な原因は、こういうところにもありそう。

2011年5月23日月曜日

エヴァ・フェダー・キテイ『愛の労働あるいは依存とケアの正義論』

エヴァ・フェダー・キテイ『愛の労働あるいは依存とケアの正義論』岡野八代・牟田和恵監訳、白澤社、2010年.

日本語版への序文/はじめに(pp.1-21.)

引用:
・「本書における私の焦点は、こんにちにおいても、家族の内外で依存のケアに対して多くを期待される女性たちの苦闘にあったのです。」(p.3)
・「私たち人間が深く相互依存する生物であるだけでなく、ときには、必然的・不可避の依存状態を経験するのだということを私たち自身が理解しない限り、男女平等の真の実現はユートピアのままでしょう。」(p.3)
・「依存労働で果たされている移民労働の役割を学ぶことを通して、国家の制度に限定された正義の概念は、こんにちのグローバル化した世界では適さないことがわかってきたのです。」(p.4)
・「家庭は、依存者にとっての避難場所であり、政治理論がすべての人menは平等であるといくら主張しても、家族を廃絶することなどできない。」(p.10)
・「私が言いたいのは、その相互依存は一方的な依存から始まるということだ。」(p.12)
・「本書は、依存労働をより公平に分配することについて論じるものである。」(p.15)

コメント
・このような翻訳書を読むと、草稿の段階で本当に多くの人からコメントをもらっていることがわかる。日本語の文献でそのような記述があるものはあまり目にすることはない。それはきっと、研究にたいする志向を反映しているのではないかと思う。とりわけ、「独創性」に対する考え方の違いを感じる。アイデアを盗まれる、という話を聞くこともあるが、本来、研究を進める上でそのようなことを警戒する必要はないはず。研究の主眼はもっと別のところにあるのではないか。特に社会科学は、何らかの「問題」を取り上げ、自分の立場を明確にしつつ、論じていく作業をしている。研究は、その問題を共有し、多様な視点から考えを深めていくことに価値があるのだろう。その意味では、より多くの人と問題関心を共有するというのは、とても重要なことであると思う。「独創性」というものは、ひとりの独立した思考者(independent thinker)としての「成果」を提示するところに生まれるものだと思う。
・「序文」と「はじめに」しか読んでいないが、著者はとてもわかりやすい言葉で(こなれた翻訳にも助けられている)自身の立場を明確にしている。このような書き方ができるようになりたいし、さらに読み進めていきたい。

2011年5月17日火曜日

アンソニー・ギデンズ『社会学の新しい方法規準』

アンソニー・ギデンズ『社会学の新しい方法規準[第二版]――理解社会学の共感的批判』松尾精文、藤井達也、小幡正敏訳、而立書房、2000年.

まえがき(pp.7-9.)/第二版への序論(pp.11-34.)/第一版への序論(pp.35-52.)

引用:
・「人ひとりの『毎日の実践』は、どのようにして社会システムの構造特性の再生媒体となりうるのか。」(p.22)
・「グローバル化が進展するシステムの再生産なり変容は、あらゆる種類の日々の意思決定や行いと関係している。」(p.23.)

コメント:
・「毎日の実践」と社会システムに関係があるとして、それは具体的にどのようなかたちで結びついているのだろうか。例えば、政策決定過程においては、それがどのように反映されることになるのだろうか。また、人びとは(わたしも含め)このことに対してどれほど自覚的になれるのだろうか。
・これだけ読むだけでもかなりの時間がかかった。登場人物も多く、検討対象の範囲も幅広い。博識。

内田隆三『社会学を学ぶ』

内田隆三『社会学を学ぶ』(ちくま新書)筑摩書房、2005年.

序章 社会学を学ぶ人のために(pp.7-29.)

引用:
・「本質的なことが大切だ」(pp.10-11.)
・「大切なのは、自分の記述はこういう仕方で理論的で、実証的であると説明することだろう。」(p.16)
・「現象学と構造主義は近代の知のもっとも先鋭的な不安の形象である。」(p.24)

コメント:
・そういえば、「いったい何が問題なのか?」といつも研究室の先輩から問いかけられていた。「本質的なことが大切だ」という考え方は、この問いかけと意味するところは同じだと思う。それを頭が痛くなるほど考え詰めていくと、「無駄なものを削ぎ落と」(p.10)すという作業にならざるを得ない。それは、自分の中にあるあやふやな形をした思考や感情に、言葉を与えるプロセスであるともいえるかもしれない。