宮島喬「『多文化共生』を論じる(上・下)“文化の違い”の承認とは」『書斎の窓』有斐閣、2009年11月号(No.589)、pp.53-59./2009年12月号(No.590)、pp.57-62.
※岩渕(2010)より芋づる。
引用・要約:
・「制度や権利を多文化に向けて開く」(上、p.54)
・多文化共生は「れっきとした和製語で、国際会議などで使おうとすると、訳語に窮してしまう」(下、p.57)
ex)Kondo(2008)
・総務省「多文化共生推進プログラム」について、「90年代前半に行われた議論に比べ、外国人や外国につながる人々が固有の文化的要求やアイデンティティの担い手とは捉えられていず、日本社会・文化に適応すべき存在と位置づけられていて、視点の違いを感じさせる」(下、p.59)
・「ローカルシティズンシップ拡大の論は足踏みしているとの感をまぬがれない」(下、p.60)
ex)帰化を要件としない定住外国人の地方参政権
・「『日本人』のイメージをもっと押し広げ、日本語よりは○○○語のほうが自然といった、出自の異なる、またはハイブリッドな人々をも『同じ日本人』と考えていくこと、この意識の切り替えは日本人自身の課題ではないだろうか。」(下、p.62)
コメント:
・著者が提案する具体的な施策=「母語・母文化保持」、「定住外国人の地方参政権」、「教員採用、その他の地位への登用」など。
・著者の提案するアプローチは、「日本人/外国人」という枠組みを維持する点が限界となるかもしれない。このアプローチの特徴は?
2010年8月11日水曜日
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