岡本智周「多文化教育と日系アメリカ人のナショナルアイデンティティ」『筑波教育学研究』第4号、2006年、pp.47-63.
枠組み:
国民国家論におけるナショナリズムの2段階(p.50)
第1次ナショナリズム
=国民という単位で世界を分断して認識するその認識そのもの(村上泰亮)
第2次ナショナリズム
=自らが属する特定の国民を尊重する観念および運動(丸山眞男)
「20世紀末において、多文化主義に基づく歴史教育は、それがなおナショナルな枠組みを維持するがために、エスニシティの相対化によってナショナリティそのものを浮かび上がらせる論理を提示する」(p.58)
「社会の構成要素の多様性を十全に表現することを目指す多文化教育の観点からすれば、ナショナリティへの注目に帰結する教育は、本来解決すべき問題を自ら生み出しているという意味で、差別構造のマッチポンプになりかねない。ナショナリティの区別は国内に持ち込まれれば、エスニシティの区別に転化するからである。」(p.59)
関連文献:
この論文で述べられている「国民」像の組み直しの限界について、岡本(2008)では「多元性を称揚する一元性の問題」としてまとめられている。解決の方向性としては、①ナショナルな枠組みそれ自体の解消(ポスト・ナショナル)、②ナショナルな枠組みの徹底的な意識化(メタ認知)が提示されている(pp.120-121.)。
参考)岡本智周『歴史教科書にみるアメリカ―共生社会への道程』学文社(早稲田社会学ブックレット)、2008年.
コメント:
・ここで「第1次ナショナリズム」とされている段階は、「方法論的ナショナリズム」と似ているのではないか…要検討。
・国家というアクターを前提とする政策研究では、どのように方法論的ナショナリズムを回避することができるのか(研究を通じて第1次ナショナリズムを再生産しないようにするために)。
・国家以外のアクターに着目することでその枠組みを相対化することが考えられる?
2010年8月9日月曜日
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