「どうしたらいいの?」という問いかけがあったら、
「どうしたらいいと思う?」と答えようと思う。
考えること、そのプロセスを促したい。
問いを投げかけたことを大切にして、共に考えたい。
もっともらしい答えを与えるのは簡単かもしれないが、
実際、考え続けることは難しい。
民主主義とは何だろうか?
それはひとりひとりに考えることを促すことではないか。
あなたの考えは貴重な一つの意見だ、として受け止めることではないか。
それは何よりも、相手を信頼しているということだ。
対等に話し合う相手として、尊重しているのだ。
平和とは何だろうか?
みんなが、自分のやりたいことを自由に追求できる条件ではないか。
絵をかく、歌を歌う、野球に打ち込む、子育てをする、何でもいい。
考える自由も、もちろんそのうちのひとつだ。
それができる環境があるということだ。
空気みたいになっている、きっとそういうものだ。
平和を維持するのは、とても難しいことだと思う。
でも、平和を叫びたい。
同時に、いま享受している平和が、時間的・空間的に他の人の
犠牲の上に成り立っている可能性について常に考える必要があるだろう。
平和だと思っていても、気づかないだけで、
平和ではない状況はそこらへんに転がっているだろう。
身の回りの平和だけではなく、すべての人に平和が訪れるように。
人が尊厳なく扱われることがなくなるように。
※最近読んだものの影響を受けつつ、書く。
・ポリタスの記事「戦後70年」
・『1984年』[新訳版]

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