昨年9月に着任してから今年の8月のお盆前まで猛ダッシュで駆け抜けて、9月後半に入って、少し、ふっと緩みました。
昨年9月に研究室を引っ越したときのままになっていた資料を何回かに分けながら片付けました。
ずっと片付けをしたいと思っていて、やってみれば数時間で終わる話…なのですが、他の優先すべき事がらの前に、その数時間のまとまった時間を捻出することができなかったということと、そのためのエネルギーがなかった、そんな一年だったんだなと思います。
逆に今、ふっと緩んで、その状態に少し戸惑っている自分も。でも、これは普通の状態なのだなと。今までが、ちょっとおかしかったのだと。
仕事に関係する文書を読み、理解し、執筆に関係する文書を読み、理解し、発表に関係する文書を読み、理解し…。それぞれ、できる範囲で読みながら作業をして、だけどじっくり考えながらということがなかなかできていなかった。
今日は久しぶりに、読みたい本を開いて、読んで、その読むスピードの遅さにびっくり。そして、注に挙がっている参考文献をたどっていたら、数ページしか進みませんでした。うむむ。
でも院生のときは、こうやって、しらみつぶしに、芋づる式に、文献をたどってたどって、収集して、コピーして、ようやく一つの論文や文献を読み終わっていたのでした。
読んで考えたものの範囲でしか、書けない。
そのためには、常に読んで、自分の思考の射程を広く持っておく必要がある。もちろん、仕事で読んでいるものも、無駄になるわけではないけれど。
ただ、自分がやりたかったこと、やりたいことは何なのか。優先すべき作業は何なのか。仕事に就いてから一年経って、再び考えて、そして前に進む時期なのでしょう。
安定した日常を求める自分と、そうではない世界の存在を知っている自分の間で、ときどき不安定になります。一方で、いろいろな「不安」や「欲」も出てくる。それは、なぜ?
大きな時代の流れからみれば、いろいろ、たいしたことない。常に考え続けること、それを文章にまとめること。後世に残すこと。時代に耐えうる思考を残すこと。そういうことなのでしょう。

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