シンポジウム「2013 外国人の人権はいま」
2013年4月20日(土)14時~17時@東京
配布資料:
『日本における外国人・民族的マイノリティ人権白書 2013年』
2012年7月に施行された改訂入管法等をめぐる報告が中心であったが、その他にも、東日本大震災、子どもの教育、国籍、戦争責任、ヘイト・クライム、人権に関する国際動向等、「外国人の人権」に関する幅広いトピックが網羅されていた。
一つ一つの報告に十分な時間が割けない点が残念だったが、現在の日本において「外国人」の方々が直面している状況を理解するのにとてもよい機会となった。
●外国籍の子どもの教育は「恩恵」としかみなされていない。それは、憲法26条において教育を受ける権利が「国民」に限定されていることに起因している。しかし一方で、憲法30条において納税の義務を負うのは「国民」だとされているが、実際は「国民」以外も納税をしている、とのこと。なるほど。このような非対称性が意識されないところに問題があるのだろう。法律は恣意的に解釈・運用されうるということ。
●国籍に関しては2つの主張がなされていた。一つは、国籍によって差別されないこと、もう一つは、権利として国籍を認めることである。発表された方もおっしゃっていたが、この2つの主張は方向性が異なっている。しかし、矛盾はしていない。「日本国籍」のもつ意味が異なるレベルで問われているということだと思う。この点については、自分でもう少し整理したい。
●ヘイト・スピーチに関する報告があったが、このような言葉が自分に向けられることを想像するだけで恐ろしいと思った。「日本政府は、憲法21条の表現の自由をタテに、ヘイト・クライム法の制定を拒否している」(p. 61)という。自分の存在が脅かされる中で、自由な発言などできるだろうか。「『マイノリティの表現の自由』」を守るためにも、差別と迫害のヘイト・クライムを処罰するべきである」(同上)という主張には同意。声の大きい人の言うことだけがまかり通るような社会にはなってほしくない。
●最後の質問でも出されていたが、「国民/外国人」という枠組みには限界があるのではないかと思った。「居住者」という視点をどう活用していくかが、今後の課題だろう。その際に、人権との兼ね合いはどうなるのか?要検討。
2013年4月22日月曜日
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