2011年10月20日木曜日

『共生と希望の教育学』合評会

『共生と希望の教育学』の合評会がFD(Fucalty Development=大学における研究・教育の向上・改善)の一環として開催されました。この本にはわたしも共著者として参加しています。このうちの1章を担当させていただきました。本を書くということ自体が初めての経験でしたが、今回の合評会はテキストを読まれる側として参加する(自分の書いたものが批評を受ける)初めての場となりました。

3名の先生方から各章について、また本書全体についての批評をいただきました。今回の批評はそれぞれ視点が違っていました。例えば、自分の研究課題に引きつけてのコメント、一冊の本として(各章については一つの論考として)みた場合のコメント、本作りのプロセス自体に対するコメント、というものです。

コメントを聞きながら思ったのは、自分の本(文章)が読まれるというのは、書き手を離れて解釈されるということなんだなと。こんな当たり前のことなのですが、すごく新鮮な経験でした。

目の前に「人(わたし)」はいるのです。けれども、読まれているのは「テキスト」なのです。「研究の批判は、人格の批判ではない」とはよく言われることですが、それを身をもって実感しました。「あぁ、こういうことなんだな」と妙に腑に落ちたのです。

問われているのは、論述の一貫性であり、妥当性です。それを書いた人はいるのだけれど、もうその人の手を離れてしまっているものになってしまったのです。あの子は、旅立ってしまったのです(笑)。

すごく貴重な経験となった今日のFD。開催の段取りをしてくださった皆さまに感謝!です。

この本(『共生と希望の教育学』)について気になった方はこちら。
https://www.tulips.tsukuba.ac.jp/dspace/handle/2241/113652

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