2011年9月12日月曜日

内藤正典・阪口正二郎編著『神の法vs.人の法』

内藤正典・阪口正二郎編著『神の法vs.人の法――スカーフ論争からみる西欧とイスラームの断層』日本評論社、2007年.

※読書会での課題文献。初回は序章&第Ⅲ編。
序章 スカーフ論争とは何か(内藤正典)/第Ⅲ編 鼎談:共生に向けて何を提起するか――そして私たちにとっての意義(樋口陽一・内藤正典・阪口正二郎)

コメント:
・憲法学と社会学という異なる学問分野から「スカーフ論争」にアプローチした著書。「規範から見るか、それとも現実から見るかでその視角は大きく異なっている」(p.313)。このことを踏まえつつ、「規範と現実との間に、どれほどの乖離があるのかを明示する」(同上)ことが目指されている。
・序章では非常にわかりやすく論点が説明されている。これまで知らなかったイスラームの諸側面も数多い。「ムスリムは、一方で世俗主義の西欧と対立し、他方ではキリスト教の西欧と対立していることがわかる。…スカーフ論争は、もはや単に政教分離をめぐる議論ではない。」(p.25)

論点はどこか?
・樋口さん「一人ひとりの個のアイデンティティを重視するのか、それとも一つの文化のあり方そのものを人のアイデンティティの中心に置くのか。」(p.285)
・内藤さん「個と集団との関係として、どうしても西欧側は均質な集団としてムスリムを捉えがちですが、実はイスラームは、信徒を一つの共同体と捉える反面、個人の信仰のありようは、そもそも誰も問えない構造なのだと理解する必要があるのです。」(p.307)

・内藤さんの発言は、ある意味ではどの宗教にとっても同じように言えるのではないだろうか。キリスト教においても、いろいろな考え方を持つ人がいるだろう。それがイスラームに対してのみあてはめられるという非対称性があるのかもしれない。また「原理的に言えばイスラームには、政教分離の発想がない」(p.14)ということも押さえておく必要があるだろう。ただし、政教分離の発想がないことを否定的にとらえる必要はない。つまり、教会組織と国家が対立しあってきたヨーロッパの状況とは大きく異なる歴史的文脈を持つということである。

メモ:
・「非宗教性/ライシテ(laïcité)」と「政教分離」

0 件のコメント:

コメントを投稿