インストラクションとは、「何らかの行動を引き出すための仕掛け」のことである(p.7)。「何らかの行動」(標的行動)にあたるものは、《知識》と《技能》と《遂行》に区別できる。
それぞれ、「知っていること(聞かれたら答えられる)」、「できること(やろうとすればできる)」、「実際にすること」を意味する(p.14)。特に、「できる」と「する」は違うということに注目。
このうち、インストラクションが解決策となるのは、《知識》と《技能》に原因がある場合である(p.94)。それでは、《遂行》に原因がある場合はというと、解決策は「動機づけ要因を工夫するパフォーマンスマネジメント」にあるとのこと(p.95)。ちなみに、これは本書の射程外。
シートベルトの着用率の問題を例として、この問題の原因は《動機づけ》にあるとし、「問題の原因を取り違えて、インストラクションでは解決できないことをインストラクションで解決しようとしていた典型的な例である」(pp.95-96.)と指摘している。
これは…!!今まさに「道徳の教科化」で行われようとしていることではないですか。つまり、問題の原因を取り違えているということ。よく言われる道徳に関する問題の大部分は、「知っていて」かつ「できる」けど、「やらない」ということ。結局、「やらない」ことが問題なのに、教科化して《知識》や《技能》を強調しても意味がないのでは…。
「インストラクションが本当に必要とされているかどうかを確認すること。当然のようだが、これを忘れるとこれから先の仕事がすべて無駄になってしまうかもしれないから要注意である」(p. 92)。
限りある労力を無駄にしないために要注意である。
